Interview June 2005
MIKAさん、まず今回インタビューの申し入れを受け入れていただいて、心から感謝いたします。私からすると、あなたのような突出した才能を持った音楽家からお話をうかがえる、というのは正に光栄です。今回は主にNEPレコードから発売されているファーストアルバムについて、色々お聞きしたいと思います。まずこのアルバムのリリースはいつだったのでしょうか?
こちらこそ、このような機会をいただいて嬉しいです。このアルバムは2002年3月にリリースしました。
このCDを発売する、そしてアメリカでレコーディングするようになった、そのきっかけはどういったものだったのでしょうか?
語学の勉強をしにアメリカに行っていたことがあり、それをきっかけに生まれた出会いが徐々に繋がってアメリカでのレコーディングのチャンスをいただきました。それまでレコーディングをしてみたいという漠然とした夢はありましたが、具体的に事が動き出したのは、その頃仕事で関わってくださった方々の提案があったおかげです。
アルバムのプロデューサーでもあり、ギタリストでもあるSEIRO氏とはどういったきっかけで一緒にレコーディングすることになったのでしょうか?
私はSEIROさんのことを知りませんでしたが、それも人のご縁で紹介していただきました。まず1曲アレンジしていただいて気に入ったら彼にお願いしましょう、ということだったんですが、気に入ったら・・・なんてものじゃありませんでした。SEIROさんのアレンジは本当に素晴らしく、初めて聴いた時の衝撃は今でも忘れません。最初に送付したピアノだけの簡素なデモ音源だけで、こちらの想いをほぼ理解してくださっていました。あとは国際電話、ファックス、郵便のやりとりでコミュニケーションをとりました。今でも思い出すのが、アレンジが少しでも出来上がると国際電話がかかってきて、電話口で音を流して聴かせてくださったことですね。私は聴きながら涙流してました。
それでは曲に関する質問です。まず1曲目の A Small Stop On The Road。まさにアルバムのオープニングにふさわしい壮大で複雑なアレンジを施した大作だと思います。この曲はいつ頃、作曲されたものですか?
2000年にアメリカで作曲しました。その頃知り合った日本人のmiyukiという友達とコンサートを開いたんですが、その時滞在していたAnn
Amborという町や友達の事が大好きだったので、その町のために曲を作りたいねという話になって。私がこの曲を書き、miyukiが歌詞をつけたんです。そう、この曲、英語の歌詞があってdropsでも歌ってるんですよ。
これら個々のパート(或いは楽章と言ってもいいくらいですが)は同時に書かれたのでしょうか?それともある程度、時間をかけて別々に作られたのでしょうか?
最初にメロディーとコードを楽譜に書きました。構成も考えずに思いつくままに。そしてピアノの前に座って頭の中にあるイメージを徐々に形にしていきました。アメリカでチャリティーコンサートを開催した時にこの曲を弾いてMDに録音したものがあったので、それをSEIROさんにお送りしました。個々のパートがイキイキと展開しているのはSEIROさんの創意工夫によるものです。私も最初にデモを聴かせていただいた時は鳥肌が立ちました。しかも期限がとても短かったので。短期間にこれだけのトラック数を使い、しかも個々のパートそれぞれが歌ってる。全く手抜きのない仕事に驚いたということもありますが、理屈抜きに音楽に感動しました。
2曲目の White Illumination。これは特に作曲と編曲の見極めがつきにくい曲です。まさにシンフォニーという感じですが、ピアノの部分以外、オーケストレーション全体にもMIKAさんは関わっているのでしょうか?またこれらのオーケストレーションはキーボードで奏でた音ですか?それとも実際のオーケストラ楽器を用いたものですか?
これは私が作ったピアノ曲をそのままの形で使って、その上にSEIROさんがオーケストレーションを重ねていったんです。オーケストラ楽器は全部打ち込みによるものですよ。こんなにリアルに表現して頂いたんです。
4曲目Remembranceはとても美しい曲ですね。何か特別な思いが込められているのでしょうか?またいつ頃、作られた曲でしょうか?
これは学生時代に「2つのリコーダーとギターのための曲」という編成で書きました。私の通っていた学校は伝統とかクラシック音楽を大事にする校風があって、私のような音楽はあまり歓迎されなかったのですが、その時お世話になっていた作曲の先生が私にこういった課題を与えてくださって、学校のステージで発表するチャンスをくださったんです。幼少時代のことを振り返り、曲を作りました。セピア色がかった感じの音楽にしてみたいと思いました。
5曲目の Repulse Bay ですが、これは実在する地名ですか?どのようなきっかけでこの曲を書いたのでしょうか?
これは香港です。香港旅行が懸賞で当たりまして(笑)。白い砂浜のリゾート地ですが、周りの建物は赤や黄色の中国らしいもので。東洋と西洋のミックスが心地よく、砂浜を歩いているうちに頭の中に音楽が聴こえてきました。
これはボサノヴァで他の曲とはまた違った雰囲気ですが、こういった曲もMIKAさんの中で自然に生まれてくるのでしょうか?それとも次はこういうリズムで、という意図があって書かれるものなのでしょうか?
うーん、この曲は何故か「ボサノバしか有り得ない」と思ったんですよね。頭の中に出てきた時は既にリズムも一緒に流れていました。今は企画が先にあって、「こういうリズムで」と最初に決まっているご依頼も頂くので、意図的に曲を作る時もありますけど、自由に作る時はリズムのことを一切考えずにメロディーだけ先に書く場合もあります。
6曲目Sound of Raindropsは静かですが、ちょっと重々しい雰囲気を持っていると思います。とても深い情景をかもし出している、そんな気がするのですが、何か特別な背景があって作られた曲ですか?そしていつ頃、書かれた曲でしょうか?
学生の時作曲法っていうクラスがあって、授業中窓の外を見ていたら雨が降り出して。雨の音って音楽みたいだなあって思ったんですよ。それを曲にして提出したら先生の反応は、「字は汚いが曲はいい。君は10年に1度現れるか現れないかの作曲家だろう」と(笑)。冗談だと思いますけどね。その続きをまた書いて提出したら、かなり低い点数をつけられてしまいました。字が汚かったからか、曲が悪かったのか???今となっては先生もそんなこと覚えていないと思いますが、今でも先生には曲を聴いてもらったり感想を頂いています。
September はまた他の曲とは違った雰囲気の曲です。この曲を作曲するに至った経緯をお聞かせください。
これも学生の時に書いたメロディーが基本になっています。当時はワルツで始まり、途中からスウィングする感じでした。同級生のyu-kiちゃんと「運命共同体」というユニットでコンサートに出演して演奏した曲です。
不思議なアレンジが施されていますが、これは全てSEIRO氏のアイデアですか?
(この方のことも決して忘れてはいけない存在ですが)アレンジャーの真辺昌一さんのアイディアです。特にイントロの部分はため息が出る美しさだと、今でも感動しています。
この曲はとてもニューヨークの雰囲気がする曲ですが、何か参考にした曲、インスピレーションを受けた曲とかありますか?
アレンジャーの真辺さんがどう感じられていたかわかりませんが、レコーディングをしたニューヨークでは9.11のテロがあったばかりで、その事を誰もが繊細に受け止めていた時期ではなかったでしょうか。私もレコーディングの時はポジティブな想いをできるだけ込めて弾いたつもりです。
I Wish も特に私のお気に入りの曲です。この曲には何か特別な思い入れはありますか?
音楽をやめていた期間が2年程ありまして、その間違う仕事をしてみたんですが、音楽をしなくなった途端仕事以外にしたいことがなくなってしまって・・・無理しすぎて入院してしまったんです。病院のベッドで夜中に突然「音楽やりなさい」っていう声が聴こえてきて。「ああ、そうだった!音楽やるんだった!」と思い出したんですよ。そうしたら曲が書きたくてしょうがなくなって。便箋か何かにびっしりとカタカナで音を書いていきました。それがI
Wishです。
Lake Erie 。これはまた完成度の高い名曲と思います。イントロ部分は殆どオーケストレーションですが、これもMIKAさんが作られたのですか?
全部SEIROさんです。
それから最後の部分が圧巻です。こうした展開もMIKAさんが作られたのですか?作曲をした時点でこういった展開(またはアレンジ)が頭の中にあったのでしょうか?それともアレンジャーに任せっきりだったのでしょうか?
イントロ以外は私がピアノで作曲したもので、この曲は展開とか全く考えずに、ただLake
Erieに沈む夕陽を想像して夢中になって作りました。最後は夕陽が沈むんです。私が作ったハーモニーを変えずにSEIROさんが上にオケを重ねてくれているんです。
Ring of Church Bells はアメリカ滞在時に作曲されたものですか?
そうです。ピアノを練習するために教会をお借りしていました。なんとなく鐘の音が聴こえてくるような気がしてピアノを弾いているうちにこの曲が生まれました。教会の掃除をしている人たちや職員さんが集まってきてじーっと聴いてくれていました。この教会には本当にお世話になって、チャリティーコンサートも開くことができました。私が今チャリティーコンサートやボランティアに参加しているのは、この教会でのコンサートとこの町の人たちがきっかけだったんです。
最後に総体的な質問です。MIKAさんのCDを聞くたびに思うのですが、これだけバラエティに富んでいて曲のそれぞれが完成度を誇っている、それらを一人の作曲家が作ったとは信じがたいほどです。今までどのような音楽を聞いてきたのでしょうか?クラシック、ジャズはもちろんと思いますが、ロックやポップスからも学んだ面はあるのでしょうか?
作曲家のことを英語でコンポーザーと言いますよね。コンポーズというとただメロディーを作るばかりでなく、構築することだと聞きました。私はコンポーザーとしての意識や自覚はなく、ただ頭の中にあるメロディーをピアノで形にしていくことが楽しかったんです、5歳の時から。幼少の時から聴いていた音楽は誰の音楽というより自分の頭の中にある音楽でした。だからレコードもCDも必要ありませんでした。その音を外に出さなければ誰にも聴いてもらうことができませんが、自分ではその方法も手段も見つからなかった・・・その時SEIROさんにプロデュースして頂いて、その方法や手段を目の当たりにしました。「ああ、こうやってイメージを形にしていくんだ!」って。その時もう26歳でしたよ、私(笑)。でもね、何歳だっていいんです。その時貴重な体験をした事で、今自分が何を表現したいか、自分にとって何が必要なのかが明確になってきました。
最大の影響を受けた音楽家を一人挙げるとしたら誰でしょうか?
ピアニスト・作曲家の小曽根真さんです。ニューヨークのレコーディングの時も、小曽根さんのCDを聴いては励まされました。単純に、音楽が好きでたまらないと思えるんです。好きならそれでいいじゃん、って思えることって私には大切なことです。大人になるにつれて、何をするにつけ理由が求められたりすることって多くないですか?でも、子供の頃のように「だって、音楽が好きなんだもんー!」って思えるのは、小曽根さんの音楽に出会えたおかげじゃないかなあ、なんて思うんですよ!いつでもピアノを始めた頃の私に帰れる感じです。一人と言わずに今は大好きなミュージシャンのお名前を全部挙げたいですが(笑)。そしてSEIROさんから受けた影響も大きいと自分では思っています。影響を受けた、というより今も受け続けていますね。SEIROさんがアレンジしてくれた音1つ1つが私の先生というか教科書みたいになって、今でもCDを聴く度に教わっていることが多いと思います。まだ気づいてないこともたくさんあると思いますけど、それはこれから発見する楽しみにしたいと思います(笑)。
質問は以上です。長い時間をさいていただいてありがとうございました。これからも更なるご活躍、期待してます。
BACK TO THE MAIN PAGE
mika-m.net